薫12話

【十二話】

「糞ジジイめ! 人が折角味見させてやろうと腹を括ったのに! 役立たずになっちまいやがって!」

 兵藤の屋敷から女装クラブへと戻った薫はジャケットを脱ぐとソファー放り投げ、ドンと腰掛けた。

 
 薫は女装クラブを退会したはずだったが、兵藤の影響で店から招待客の扱いで特別に個室を与えられていた。

 工藤俊介(ナナミ)は店には来ることなく、兵藤でさえ殆ど店には来なくなっていて、店には薫の性転換を知る者は一人も居なかった。

 薫にとってこの店は身体のケアに必要な現金を稼げる貴重な職場であり、退会を決意した当時とは些か事情が異なっていた。

 そんな薫は再びジャケットを着るとバーのある方へと移動した。

 工藤がいつも居た場所にはアキラが居て、隣りには新しい男の子が入っていた。

「あぁ、紹介するよ♪ オーナーの兵藤さんの招待客の薫さん♪」

 薫が席についてアキラに視線を合わせるとアキラは隣りに居た男の子の肩をクイッと引いた。

「初めまして♪ 少し前に入った純です、宜しくお願いします♪」

 薫に頭を少し下げた純は薫に視線を重ねた。

「こちらこそ宜しくね♪」

 アキラが入れてくれたブランデーの入ったグラスに唇を軽く押し当てた薫はニッコリと魅力的な笑顔を見せた。

 どう見ても十代後半か二十代前半の純に対して薫は興味をもてず、来店する客をチラチラ見ては声の掛かるのを待っていた。

 薄暗い店内の中、バーのカウンターを照らす裸電球が薫の肩を照らしている。

 アチコチのボックス席から聞こえる賑やか女装子(おんな)達と客の笑い声。

 グラスを磨く純の視線はチラチラと薫に向けられる。

 客の指名を取って回るアキラ。

 バーの入り口を通り過ぎて売店コーナーに向かう数人の初心者風の男達の弾む声。

「薫さんは指名ボードには名前を記入しないんですか? お客さんたち、薫さんのことみんな見てますけど♪」

 グラスを磨く純が薫に話しかけた。

「あ、うん… もう少しだけ独りで飲みたいから…… えっ?」

 ブラデーグラスを両手で暖める薫は静かな口調で純の問いに答えた。

 すると何処からか聞いたことのある笑い声が薫の耳を掠めた。

 声の主を探すようにゆっくりと視線を向けた先に居たのは、薫の勤務する会社の宇崎だった。

 宇崎は几帳面で堅物でしられる男で、女子社員のスカートの丈が数センチ短いと言っては人事部に苦情を申し立てる変わった男であった。

 薫とは直接面識も話したことも無かったものの、宇崎の豪快な笑い声は時折廊下を歩いていても聞こえるほど大きく、有名人だったこともあって薫も記憶していたようだ。

 その堅物の宇崎がボックス席でショートパンツの女装子(おんな)を膝に乗せ、抱っこして談笑している様は薫にとって異様なでしかなかった。

 同じ部署の人間ならサッサと店を逃げるはずの薫もこの時ばかりは落ち着いていた。

 三人を指名して席に陣取る宇崎を遠くに見て薫は、会社とは別の人格を醸し出す宇崎にホッとした表情を浮かべた。

 会社では男として背広で過ごし、仕事を終えれば女として一夜を過ごす薫にとって宇崎は、同じ種類の人間だと思ったようだ。

「あぁ、木崎さんですか♪ 丁度僕がここに来る少し前からここへ訪れるようになったようですよ♪ 何でも最初は普通の店と勘違いしたとか言ってましたが、多分嘘… 相当、遊んでますよ♪ 彼は♪」

 宇崎をチラチラ見る薫に純が穏やかな表情で話し出した。

 どうやら宇崎はここでは木崎と名乗っているらしかった。

「ねえ、薫さんて性別は本当に男性ですか? なんか色っぽくて、妖しい女の匂いが漂ってますけど♪」

 軽く微笑む純は薫をジッと見詰めた。

「そういうアナタは本当に性別は男なの? 以外にオナベさんだったりしてー♪ キャハ♪」

 ブランデーを軽く喉に流した薫は純に視線を合わせた。

「僕は正真正銘の男ですよ♪ 何なら証拠を見せましょうか~♪」

 薫の問いに純は受け答えすると、咄嗟に自分の言葉に照れたのか頬を紅くして俯いてしまった。

「おいおい、純! ここはレディーを詮索する店じゃないぞぉ♪ ここに集う人達は全員、レディーなんだから♪」

 指名取りから戻ったアキラは純の肩をポンと軽く叩くと薫の真ん前に陣取った。

「薫さん♪ お客さんたちが薫ちゃんはってシビレきらせてますよ♪ そろそろお願いしますよ♪ ねっ♪

 アキラはカウンターに前屈みになると、薫に小声で頼み込んだ。

「もぅー♪ のんびりお酒楽しみたいのに~♪ アキラちゃんたらぁ~♪」

 カウンターに前屈みになったアキラに顔を付き合わせた薫は、仕方ないな~とばかりに口をヘの字にして席を立つと、ホワイトボードに薫と一文字入れた。

 
 薫が指名欄に名前を記入した途端、アチコチから一斉にアキラを呼ぶ声が飛んだ。

 そして五分ほどすると薫の下へアキラが記帳表を持って現れると、薫は小さく頷いて記帳表を指差して席を立った。

 薫が客席に降り立つとボックス席から、ウォーっという男達の声援が飛び交った。

 そんな薫の後姿を見ていたアキラは純の顔を見た。

「相変わらず凄い人気だよ、薫さんは♪ 薫さんに入った指名金額のトータル見てみろよ~ 三百五十万だぜ~! 今の客なんか一時間、八十五万入れやがった♪ 薫さんの取り分は六十万… 凄い!」

 席について笑顔で話す薫を遠くに見てウキラは満面の笑みで純に語り聞かせた。

 そして数分経った頃、突然の薫の悲鳴に店内は騒然となった。

 カウンターから慌てて出たアキラと純は何事だとばかりに駆けつけると、薫のスカートの中に手を入れた客が薫のペニスを握ったことが解かった。

 薫の入るところに驚いて詰め寄る男たちと、女装子(おんな)たち。

 初めての客にペニスを掴まれ驚いて真っ青になる薫の前で、他の客達は一斉に、薫のペニスを掴んだ客を取り囲んだ。

 地方から出て来たようなこの客は周囲の形相を見て声を上ずらせた。

 周囲の客や女装子(おんな)達が睨む中で、アキラは客に清算を求めた。

 薫は客が集う中で後退りをし、そのままトイレに駆け込んだ。

 店では清算を求める客とアキラが口論し、トイレの中では薫がパンティーに忍ばせた擬似ペニスを直していた。

 そして薫がトイレから出ると店の中はトラブルなど無かったかのように賑やかなムードになっていて、さっきの客の姿は何処にもなかった。

 怯えた表情の薫はカウンターに戻ると小さく震える手でブランデーグラスを持つと、一気に残りを喉に流しこんだ。

 アキラはそんな薫に平謝りしカウンターから出ると指名欄から薫の名前を慌てて消した。

 その瞬間、ボックス席からはドヨメキが巻きおこった。

「くそ! あの田舎ジジイのお陰でとんだトバッチリだ!」

 指名に参加してた客達は次々に悔しがる声を発した。

 そんな薫人気を目の当たりにした純は驚きを隠せなかった。

 
 すると、薫は突然、席を立ったかと思うとボックス席に降り立ち自分を指名してくれた客達の前に行くと無言で床に跪いた。

「今夜はゴメンなさい… また今度指名お願いします……」

 薫はボックス席を一つずつ回ると謝って回り、それを見た客達とカウンターの中のアキラと純は呆然とした。

 すると店内から突然、大きな拍手とが沸き起こって薫を応援する声が飛び交った。

 店内を謝罪した薫は口元を抑えて店を出ると個室へと立ち去った。

 個室に戻った薫は内心、擬似ペニスがバレたのではとハラハラドキドキの心境だった。

 そんな薫が冷蔵庫からジュースを取り乾いた喉を潤しいてると、部屋のドアがノックされアキラの声が聞こえた。

 個室に入って来たアキラはバツの悪そうな顔して薫の前に来ると頭を深く下げて詫びた。

 薫はそんなアキラに気にしないでと一声掛けるとブラウスのボタンを数箇所開けて胸元の熱気を外に逃がした。

 アキラはズボンのポケットからさっきのエロジジの清算した金を出すと薫に差し伸べた。

 
「これ、さっきの薫さんの分です… あと、これは薫さんへってお客さんたちからの御見舞いだそうです… 受け取って下さい…」

 ジュースで口の中を再び湿らせた薫は、ニッコリ微笑むとソファーの横に立つアキラに頭を下げた。

「私の方こそゴメンなさいね… あんなこと普段は珍しくもないのに突然、悲鳴なんか上げて…」
 
 薫は再びアキラを見るとニッコリした顔を見せた。

「じゃーこれはアキラ君と純くんへの迷惑料♪ 受け取って♪」

 薫はアキラから受け取った六十万と御見舞いの二十万のうち、二十万をアキラに差し伸べた。

 アキラは受け取れないと一旦は断ったものの薫の何が何でも貰えという姿勢にニッコリして受け取り、薫の機嫌も俄かに直ってアキラとの御喋りに進展した。

 
「やっぱり昼間の仕事の所為でしょ♪ 僕は薫さんならCカップ… 最低でもBカップは欲しいとこですね♪ 薫さんほどの美人なら♪」

 アキラはブラジャーを覆う黒いフリップの胸元を見て照れながら声を弾ませた。

「当たり~♪♪ そうねぇ~ 私も本当はCカップ、最低でもBは欲しいとこだけど、サラシで隠してワイシャツってなるとAが関の山ってとこかな~♪ サラリーマン辞めても兵藤の囲いモノになるしか生きていく術もないし… てか、アキラ君って本当に男よね? 工藤みたいな人もいるからねぇ~ キャハハハハ♪」

 薫は隣りに座って足組みするアキラを前に声を弾ませた。

「勘弁して下さいよ~ 僕も純、同様にちゃんと生えてますよ♪ それこそ見ますか♪ あっははははは♪」

 アキラのジョークに笑う薫を見てすっかり調子を戻したアキラは楽しそうに笑った。

 そんなアキラが突然、真剣な顔をして薫の方に身体を向けて口を開いた。

「薫さん! お願いがあります!! 実は僕も豊胸に関心があるんです!! 馬鹿な願いだとは承知してますけど、もし許されるなら胸を! 乳房を見せて欲しいんです!!」

 アキラの逼迫した表情と口調に、言葉を失った薫はアキラの方を見ることなく無言で黒いスリップの肩紐を外すと、乳房を覆うブラジャーを外した。

 プリリリーンと柔らかさを弾ませた薫の胸にアキラの視線が突き刺さった。

 アキラはその白い肌に膨らむ乳房を見て喉をゴクリと鳴らした。

「薫さん…」

 アキラは薫のピンク色した女性(ほんもの)と変わらない大きさの乳首と乳輪に、ウットリするように視線を奪われた。

「綺麗だぁ…」

 アキラの第一声に薫は恥かしさから頬を紅く染めた。

 両手を膝に乗せウットリする表情を見せたアキラは、薫の身体の揺れにプリンプリンと揺れる白い乳房に目を釘付けにした。

 そして口元を小さく震わせたアキラは恥かしさに俯く薫に声を震わせた。

「僕も! 僕もそんな綺麗な胸が欲しいんです! 僕は女装子(おんな)じゃないけど薫さんみたいな乳房に憧れてるんです!!」

 薫は声を少し大きくしたアキラを前に恥かしそうにブラを元に戻すと黒いスリップでブラを覆い隠した。

「頑張って!! アキラちゃんも大丈夫♪ キレイな乳房を持てるわよ♪」

 薫は薫を見詰め続けるアキラに片手で拳を見せて応援してニッコリと優しい笑みを浮かべた。

 そしてアキラが個室を出ていった瞬間、薫は自分のしたことにさっきの百倍もの恥じらいが巻き起こり、思わず両手で頬を覆いソファーの上で背を丸めてしまった。

 こんな明るい部屋の中で異性(オトコ)に乳房を見せた自分が死ぬほど恥かしいことをしたのだと気づいたようだった。

 生れながらにして何故、女が異性に(オトコ)に肌を隠すのか、男に犯され味見された女が何故、死を決意するのか薫は湧き起こる羞恥心の中でヒシヒシと解かってきたようだった。

 いくら身体を変えて女になっても、異性に対して羞恥心の無い者は女ではなく、どんなにあがいても物真似する男でしかないのだと解かった気がした。

 薫は頼まれたとは言え、乳房をアキラに見せたことを深く後悔した。

 

 この数日後、アキラが店に突然の休暇を申しでたことで、薫はアキラが豊胸手術を決意したのだと悟った。

 薫は自分の無責任な応援の所為ではないかと心を痛めていた。

 同時に兵藤から近日中に答えを出すというメールが届いた。

 隣家の三田は自分の子供達の一緒に住もうという提案を頑なに拒絶し一人で住むことになり、今まで同様に薫の子の面倒を見てくれることになった。

 薫は四歳になった我が子を保育園に入れることを考えていたが、行く末を案じた三田に押されるように考えを変えた。

 そんな薫は兵藤に明日の夜、三田を朝まで留守にさせるからとメールし、三田を久し振りに我が家へと誘った。

 そして翌日、子供は朝から晩まで一緒にいてくれる三田を歓迎するかのように大はしゃぎし喜んだ。

 そんな子供に引け目を感じながらも、薫は女になった自分を三田に見せ付けるように閉め切った自宅のカーテンの内側で、ミニスカートを履いて夕飯の支度をしていた。

 ノーブラで身につけたノースリーブは歩く度に乳房をプルプルと揺らし、生地に擦れた乳首からビンビンという激しい刺激がと乳首を勃起させ薫を悩ませた。

 そしてペニスの無くなった前側はペタッとデニムのスカートを自然に見せ、ソファーに座る三田の傍を歩くと、薫のスカートの中の匂いが三田の男心をくすぐった。

 チラチラと薫の身体を見る三田の視線に、薫は寝室のベッドの棚にコンドームとジェルを置いた。

 食卓を三人で囲む風景は年の離れた夫婦を思わせた。

 風呂上りの後、パンティーの上に一枚だけ羽織った白いスリップ姿で薫は寝かしつけた子供の顔を見ると、そのまま寝室へと向かった。

 そんな薫を横目に色気を感じながらも三田は、薫が寝室へ入ったにも関らず一向にソファーから立ち上がろうとはしなかった。

 そして薫が寝室へ入って一時間ほどした頃、ようやく三田はソファーから立ち上がって薫の待つ寝室へと向かった。

 薫は三田の足音に胸の奥をドキドキさせてベッドの布団の中で目を閉じた。

 寝室のドアが開いて入って来た三田はベッドの中に身を沈める薫にポツリと囁いた。

「薫ちゃん、今夜は一緒には眠れないよ… ワシはあの子の傍で寝るから…」

 三田は呟くとクルリと身体の向きを変えて寝室を出ようとした。

 そんな三田に驚いた薫は突然、ガバッと布団をはぐって起き上がった。

「えぇ! どうしてぇー!」

 薫はドアから出ようとしていた三田の後姿を凝視した。

 すると三田は再び薫を見た口を開いた。

「ゴメンよ、薫ちゃん… 家内が逝ってからワシのモノはさっぱり言うことを聞かんようになってもうたんじゃ…… 年なんじゃなぁ……」

 三田は薫の思いもよらない言葉を放つと寂しそうに寝室を出た行った。

「もおう!! バシッ!!」

 残された薫は掛け布団を両手で叩くと、肩をガックリ落として大きな溜息をついた。

 今日こそは処女を奪われようと腹を括っていた薫は無念の極めに浸った。

 悔しそうな顔する薫は兵藤と三田の老いをヒシヒシと感じた。

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